僕が美容師になったわけ。【闇黒編】
2020/05/02
【闇黒】
1 真っ暗なこと。全く光のささないこと。くらやみ。また、そのさま。「―の宇宙」
2 社会の秩序が乱れ、また、人間性や文化が極度に圧迫されて、悪事や不安がはびこること。また、そのさま。「―の時代」「―地帯」
3 希望がもてない状態であること。また、そのさま。
第1話 【望郷編】
第2話 【邂逅編】
偶然か必然か。僕は原宿にあるサロン【PRESENCE】で働くことになった。そのサロンは一流ブランドがひしめく表参道から、路地を入って3、40メートルほど歩くとそこに存在している。
「オラ、こったらどころではだらいでいいんだべが…。」とか思ったのは内緒にしといて頂きたい。
青森県六戸町という故郷を離れ、仙台で2年間一人暮らし。それから僕が上京して初めて住んだのは、三軒茶屋にある会社の寮だった。
引っ越して来た当日に謎の高熱を出し、運んだばかりの布団に突っ伏すように倒れ込んだのを今でも覚えている。
おそらく、大都会東京の空気に僕の免疫系統が叫びを上げたのだろう。
「オラこんな街イヤだ」
「オラこんな街イヤだ」
「青森さ帰るだ」
イヤよイヤよも好きの内。憧れのシティーライフの始まりである。
東京での生活。原宿での美容師としてのスタート。
僕の頭の中も胸の内も、希望という光で満ち満ちていたことだろう。
自分で言うのも気が引けるが、割と何でもそこそこに上手く出来ていた方だと思う。高校までもそうだし、専門での技術も座学も。
が、
僕は美容師として初めの一年間、知らず知らず伸ばしてきた「自信」という名のピノキオの鼻的なものを、ことあるごとにポキリポキリと折られ続けたのである。
それもそのはず。
会話が出来NAI。
気が利かNAI。
オシャレじゃNAI。
もはや、シブがき隊が右手を力の限り振り回して歌い出すレベルだったのである。
NAI NAI 21。
【イモ臭くて、出来ないアシスタント】
紛れもない、これが僕自身だったのだ。
「けっこう出来るオレ」は何処へやら。
上京当初に見えていた光はあっという間に消え失せ、
「こんなはずじゃなかったのになぁ。」という漫然とした思いを抱えて寮に帰る日々。
さよなら僕の上・京・物・語。
ジタバタするなよと言われても、何かしなきゃいけないじゃない。
僕が出来る事といえば、覚えたてのシャンプーとマッサージだった。
とにかく、一心不乱に、目の前の人を気持ち良くする事だけを考えて。(厳密に言えば、コレも正解ではない気がするけど。)
そうすると、不思議と嬉しい言葉が返ってくる。
「ありがとう。」
「気持ち良かったわ。」
「新人さん?頑張ってるね。」
みたいな。
しばらくして、
シャンプー頑張る→今年入りました!→青森出身です!
という21歳の地図を見つけた僕は、イモ臭さを逆手にとり、【青森から出てきた小僧】というキャラを少しずつ、お客様に覚えてもらえるようになった。
しかしながら、青森ネタには本当にお世話になった。
方言、名物、祭の話。奥入瀬や白神山地、恐山(行った事無いけど)、スピードスケートや、雪の話。おばあちゃんが作る美味しい料理。長渕剛。
東京に来てからの方が地元の話をするようになったし、青森や東北が好きになった。
これ、東北人あるあるだよね。
そんなこんなで、仕事が少しずつ楽しくなってきたのは、ちょうど働き出して1年が経った頃だったと思う。
その頃にはカットの練習をスタートして、技術の面白さを更に感じていたし、嬉しいことにお客様にも名前を覚えてもらったり、指名のようなものも頂けた。
それに、東京の空気を吸って発熱する事も無くなった。
とはいえ、それから少し経ってからも上手くいかない事はたくさんあって、暗闇に包まれたような気分になることも少なくなかった。
ただそれはちょうど虫がサナギになるようなもので、先が見えないどころか視界なんて一切無いような状態だけれど、殻を破ってみれば毎回少なからず変化があるという様な。
それが出来たのは、言うまでもなく、お客様やモデルさん、先輩、後輩、同期、友人、家族といった人達がいたからであり、その時々で相談に乗ってもらったり、愚痴を言い合ってみたり、励ましや感謝の言葉をいただいたり、たまには肩を並べて飲んだり、そういった一つひとつが今の僕を作り上げているに違いない。
「ヘアサロン ワタナベ」で僕が感じていた憧れや心地良さは、親父やジイちゃんだけではなく、他でもないお客様が作り出していたことに働き出してから気がついたし、それは紛れもなく人と人との繋がりが生み出すものであった。
僕が美容師になりたいと思ったのも、今まで続けられているのも、仕事にやり甲斐や楽しみを感じ、天職だと思えるようになったのも、全てはそれがあればこそなのだと言葉でなく心で理解出来る。
言わばその「繋がり」こそ、僕が美容師になったわけであるし、美容師を続ける理由である。
ほぼ結論が出たが、もう少し続くかも…
渡辺祐磨