下の段の上ノ段さんの話。
〜段さんへ、愛を込めて〜
僕にはかつて、同居していた先輩がいる。それが上ノ段さんだ。「段さん」と呼ばせてもらっていた。
上京してすぐに、三軒茶屋にある、会社の寮に住んだ。築年数がかなり古く、大先輩方もそこに住んだことがあるという話だ。
2人部屋になっていて、違う店舗のスタッフと相部屋になるとのこと。住み始めた当初は1人で住んでいたのだけれど、ある日、寮長から「近々、ユウマのとこに人が入るから」と伝えられた。段さんとの共同生活の始まりである。
段さんは、歳が一つ上で、優しく、柔らかい笑顔の持ち主だった。九州大分訛りの話し言葉がとても心地よかった。僕は兄がいなかったこともあり、なんとなく「お兄ちゃんがいたらこんな感じかなぁ」というような気持ちになれた。お互いミスチルが好きで、段さんが持っているライブDVDを、一緒に観させてもらったことを今でも思い出せる。
この共同生活には、たった一つだけクセの強いルールがあった。
二段ベッドを使うこと。
20歳そこそこの大人が二段ベッドで寝るなんて、今考えたら気持ち悪いこと甚だしいが、当時、完全な体育会系脳の僕は、「こうだから」と言われたら、
「はいぃ!!」
と疑問なく受け入れる他なかった。これが悲劇の始まりであるとは知らずに、、、。
二段ベッドを使う際に誰しもが思うこと。それは
上に寝るか下に寝るか。
に他ならない。もちろん後輩である僕に選択権は無く、まず段さんに選んでもらおうと
僕「段さん、上の段と下の段、どっちが良いですか?」
段さん「あ、俺下の段にするよ!」
僕の心の声(上ノ段ちゃうんかぁぁぁぁぁい!!!!!)
とは口に出せず、
「あ、じゃあ僕上の段に寝ますね♪」
と軽快に答えた。
結果、
「上の段の僕と下の段の上ノ段さん」
という、非常にややこしい構図が出来上がってしまったのだ。
しばらくは、上の段の僕と下の段の上ノ段さんの生活はつつがなく続いていく。お互い1年目、2年目のアシスタントだったこともあり、よく悩みや練習について相談に乗ってもらったりもしていた。仕事が終わって、練習し、遅く帰れば段さんがミスチルのDVDを観ていて、一緒に観ながら当時はそんなに飲めなかったビールを舐め、それぞれのタイミングで上の段、下の段にて眠りにつく。いたって平穏である。
しかしながら、事件というものはいつだって突然だ。
いつものように、上の段で寝ていた僕は
「バキィッ!」
という音で目が覚め、同時に自分の体が「V」の字にたたまれていることに気がつく。
すぐさま下から、いや、下の段の上ノ段さんから
「グゥゥ!」
という唸り声。たたまれている僕。唸る下の段さん。いや、上ノ段さん。
その二段ベッドは、木枠に2枚の板を乗せただけという、ちょっとした類人猿でも考えつきそうなシンプルな造りをしていた。板が木枠を外れ、ちょうどこんな勢いで↓
パカー。だ。
そして僕(V)と段さん(_)は
V
下の段の上ノ段さんに上の段の僕がV字(with板)で突き刺さっている状態。
お互い寝起きなので、上の段の僕も下の段の上ノ段さんも何が起こったのかほぼ理解できていない。
僕は「段さん!大丈夫すか!?」
と、上の段の僕は板に挟まれV字のまま下の段の上ノ段さんに尋ねると、
「なにこれ、、、大丈夫だよ、、、。」
いやさっき「グゥゥ!」言ってた!!
仏かと。切れてもいいですよ下の段さんと。
こんなことが2回あった。
2回目、段さんは
「またか。」
と呟きました。
2回目の落下以後、二段ベッドを解体し、別々に寝るようになったが、寮を出るまで段さんとの楽しい共同生活は続いたのであった。
毎年春が近づくと、三軒茶屋での寮生活を思い出す。そこにあったのは、段さんの優しい微笑み。ステレオから流れるMr.Children。二段ベッド。その全てが僕の胸を締め付ける。
段さんは、締め付けられるどころか胸を強打していたけれど。
渡辺祐磨
【あとがき】
段さん、お元気ですか。僕は相変わらずプレゼンスで働いています。このネタは、ある種の「すべらない話」的な位置付けで、機会を見て話させていただいています。すいません、、、。二段ベッドで寝るのも、家族以外の誰かと一緒に生活するのも人生で初めてだったけど、段さんと一緒の部屋で本当に良かったと思っています。この記事を見るかどうかはわかりませんが、この場を借りてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。